日本の中心でユニクロを叫ぶ。。。

着飾ることの意味をまったく理解できない人のためのを読んでのユニクロ

たぶん、あんましファッションとか考えない人にもセンスがいいような気がするユニクロですが、
シンプルかと言っても まあシンプルなんです。モノによってはとても秀逸なパターンのものもあるし、ニット類もそれなりに丈夫。
部屋着としては十分なんです。どんなにガンガン洗っても型崩れしないし。扱いやすい。


ヨーカ堂とかそんなスーパーで適当に売ってそうな
へんちくりんなブランドもどきで買うよりもよさ毛な感じがするのは確か。
もちろんシ○ムラファミリーなんかよりぜんぜんよいし、コストパフォーマンスと耐久性は抜群。

実はベビー用のボディなんかはどんなに洗っても首が伸びなくてものすごく良い。

デザインはシンプル、モノによってはパターンも良い。
ファッションではなく、着るものにコストパフォーマンスと耐久性を求める人にはすごくありがたい存在。



ただ、ものすごく不思議なことがひとつあって、着ているだけで、ユニクロ着てるっていうのが分かってしまう点。
それが、何の変哲も無い普通のジャージとか、パーカーにおいて存在するから不思議だ。
たぶん、ジーンズのステッチでさえ、良く見るとああウニクロだ!って分かってしまう。

たとえばコンビニで、細ボーダーのニットパンツを履いてるとする(実売価格980円くらい)
反対側から色違いの細ボーダーがやってくる、ついつい視線を合わせて、
(それ、ユニクロですねー)(そうですよー)(新宿ですかー?)(いえ、ナカノブロードウェーですぅ)という
心の会話が交わされるのである。着ている本人たちにこれユニクロですぅーっていう電子タグがついているかのようなのだ。

以前、8千円前後でカーキのパーカーでカモフラ柄が欲しかったのだけど、
どこで見ても変なロゴがプリントされてたり、
妙に長細かったりで、なかなか良いのが見つからなかった。
で、ダンナのパンツを買おうと思ってユニクロオンラインで
ちょうどいいのが見つかった。しかも2980円!お安い。ラインはメンズだったけど。
購入してから気がついた。

同じ部署の部長が同じもん着てるじゃないか!

「部長ー。それユニクロですよね?」
「そうですよー」
「昨日同じの買っちゃいましたよ」
「そしたら、会社でペアルックしましょう」
「じゃあ、木曜日ー」
(↑これは心の声ではなく、リアル会話)

で、実際 木曜日。

「部長ー。おそろいですー」
「ああ、本当ですー。でも素材がなんか違いますねー」
「部長のはリブ織ですねー」
「こっちのはなんかセールなんでニッキュッパですよー」
「oh!僕のはヨンキュウくらい払ってますよー」
「生地の違いですかねー」
「よさ毛なカモフラがこれしかなかったんですよー」
「そうです!僕もおんなじですー!」

と、会社でのほほんとペアルックなどが出来てしまったのだが、
これ、知り合いならまだしも(もちろん、ノホホンとした部長相手だからできるワザである)
たとえば飲み屋で、電車で、駅で、ISETANで!
とかになってしまうと、なんかイヤなんじゃないか。
あまりにも出回りすぎているのである。

そして不思議なのはユニクロ仲間をすぐ見つけてしまえるところだ。
これだけモノに溢れた日本で、同じ服の相手を見つけてしまえるというのが不思議だ。
実はユニクロの商品には電子タグがついていて、相手が近くにいるとお知らせ機能がついているとか。
まあ、これは都市部に限っての話かもしれないが。



以前いた出版社で、編集長がラルフローレンの綿シャツ(ブルー)を着ている日に隣のデスクがラルフの綿シャツ(ピンク)を
着ていて、こっちの編集部員がイエローの綿シャツを着ていたことがあり、同じ日に隣の編集部の編集長が(POLO league)と
ドデカロゴの入ったトレーナーを着ていた。もう、ポロモロブラザースもいいところである。どうにかして欲しい。
ブランドダカラってだからどうしたの世界である(ひとりだけなんかおかしいのが混ざっているが)
で、このピンクの綿シャツに割とKYな女子が なんか馬、筋肉質じゃないですか?と絡んでいたので
編集部で失笑されていた。まあブランドだったらいいじゃないか!は没個性になりすぎると意味をなさない。

というわけで、ユニクロに話を戻すと多種多様なデザインに溢れた中で、おんなじ光線が出ているのが嫌な理由かもしれない。
没個性という意味ではヴィトンだってグッチだってみんなで持ってれば高かろうが没個性に他ならない。
ブランドを身につけていたからって、没個性になるほど溢れてしまったら意味がない。まあ海外のブランドは
モノがよければ長持ちするのでその点に限っては耐久性に長けている。そしてブランドを鼻高々に持ち歩いている輩は
そんなに毎年ブランド物をじゃんじゃん買えるほど金もってるわけじゃないだろうからある程度長く使える点でも
払うだけの価値が出てくる。

まあ同じものを選ぶという意味で、ユニクロに非があるとしたら安価な点ということだが、
これは本来のユニクロのチャームポイントだったりするはずなのだが、
大量に生産され同じものが並んでいる点ではお洒落を主張する人には受け入れられないかもしれない。
たとえフリーマーケットでお洒落風古着100円で買ったとしても、3000円のユニクロのほうが、
お洒落じゃないって言う意味で劣ってしまうということさえ存在する。

地方で言うところのシマ○ラとかを基準にすれば、ユニクロは決して安価な商品ではない。
これはMUJIが別に安くないじゃん。っていうのと同じだ。
ただ、シマ○ラに限っては安くて物も悪いけど、
同じのを着ている人に会わないって言う点でのみ優れているかもしれない。
まさに着て捨てることの出来る消費衣料に他ならない。



で、ユニクロのばあい、何が悲しいかというと
売店舗の大きさと店舗数の割りにデザイン数が圧倒的に少ないので
一生懸命、選んでしまえばしまうほど、同じの着ている人に会う確率が高く、
そして価格のタグがきちんと頭にインプットされているという点であろうか。

耐久性が高いので簡単に捨てることも出来ず、長い間いつまでも洋服ダンスやクローゼットで
値段と購入店を主張している。というのも悲しい。

同じような感覚でいうとGAPもそれに値するのだが(ユニクロよりは気持ち高い)
デザインはシンプルでセンスもよく、きちんと流行も追っているが、
すぐヨレるので、何年も着まわすことが出来ない。
まあものすごく高いわけでもないので、ダメになったら捨てられる。
シーズンごとに入れ替わっていくし、あんまり同じ服を着ている人に会わない気がする。

と、私はファッション批評家でもなんでもないんだけど、しかも気がついたら長文だし。



何が嫌って、これユニクロだなと、すぐ分かっちゃうのが嫌なんだよ。
しかも丈夫だからなかなか捨てられないんだよってのも嫌なんだ。(と、文を終わらすためにキレてみる)

地方にきたら、ユニクロのある道路の手前50mくらいユニクロ駐車待で渋滞が起きちゃうのも嫌なんだよ。
土日。この田舎モンどもめ、行くところはユニクロダイエーしかないのかよこんちくしょう!

と、書いていて銀座のフラグシップ店で買ったユニクロジーンズ、サイズがでかくてアウトになったのに
捨てられずに置いてあったのを思い出した。 ところでどうしてユニクロはこれはどこのユニクロで買った奴っていう
タグが自分にインプットされているのかが不思議なんだけど。もちろんオンラインだって同じだったりするのだ。

あーもう、うだうだ書いたけど、おんなじこと思っている人いませんか?

ユニクロかっこ悪いとか言ってる奴だって絶対、家に1枚はユニクロの靴下とか転がってたりするんだよ。きっと。
でも、ユニクロ、靴下だけはモチが悪くてワンシーズン持たなかったりするのはどうしてだろうと思ったりして。
中国の縫製工場、そこだけ悪いんじゃないかな。



安くて丈夫でセンスも悪くないのに
ブランド力が全部裏目に転んでるのはどうしてだろう?
つかデザイン数が必要以上にすくないから1点1点の印象が強すぎるんじゃないのかな?
色の違いで品数増やしてるけど、それじゃあ結局同じなんだよ。

きっと日本中のたんすの中のユニクロがいっせいに声高に叫んでいたりするのも嫌なんだ。 多分。